帰国後日記2
2009年 09月 03日
旅を振り返ってみて
実際に世界一周し終わっても世界一周できたこと事態が夢のような気がしてならない。
旅に出る前は「世界一周する」とは公言してはいたけど、実際は予算が底ついたり、旅に飽きたりしたら世界一周せずに日本に帰国しようと、けっこう肩の力を抜いた状態で旅に出た。
旅を始めて一週間目のネパールでひどい腹痛と下痢になり、これ以上旅を続けるのは無理じゃないかと思うくらい追い込まれて早くも帰国するか旅を続けるかの選択を自ら迫られた。
これ以上症状がひどくなったら病院にいかなければならないという状況になった時は、治っても日本に帰ろうと思ったけど、いざ治ってみると旅を続けることにしていた。
それでもこれから行くつもりだった国や長い旅の日数を想像すると世界一周するのは止めようかなと思っていた。
インドでは沈没して数ヶ月インドで過ごそうかとも思ったけど、エジプトまでとりあえず行ってみるかと旅を進むことにした矢先に事故にあって、もはや旅もこれまでか?と思ったけど、なんとか旅を続けることが出来た。
インドに居る時はエジプトを旅したら日本に帰国しようと思ってたけど、エジプトに着いて2日くらい過ごすうちに「ここまで来たら世界一周するか」と思うようになった。
イタリアに着いた頃には予想以上に金を使わなければならないことに気付き、予算の都合でNYだけ寄って日本に帰国することにした。
ニューヨークに着いて、あとは帰国するだけという状態になるとかなり気が抜けて、けっこう楽しんで旅が出来た。
長い旅をすると体調を崩したり、食べ物が合わなくて食欲不振になったり、ストレスが溜まったり、長距離の移動(ネパールのバスで17時間乗ったり、灼熱のインドの電車に24時間近く乗ったり)に疲れたり、観光に飽きたり、ぼったくってくる人を相手にしたり、言葉が通じなかったりと旅のモチベーションを保つのにすごい苦労した。
けっこう精神的にも肉体的にも普段から浮き沈みの少ない方だけど、長旅をしていると「旅を続ける」というのが苦痛になったりしてくる。
観光は意外と飽きやすくて、旅を通じて食べるのが一番の楽しみだった気がする。
けっこう世界遺産も観光したけど、一番最初にエベレストを見た感動が多き過ぎたせいもあってあまり感動することが少なくなっていった。
それでも一番行ってみたかったイタリアは食事もおいしく、街もきれいで旅の終盤のモチベーションを上げることができた。そのお陰で最後まで旅を楽しむことが出来た。
帰ってすぐの時は「もう旅行はたくさんだ」と思ったりもしたけど、帰国して2ヶ月経つと段々また旅に出たくなってきた。
けれども、国内にしろ海外にしろ旅に一生行けなくても我慢出来る。
旅に行きたいと言っても「もし機会あれば、老後でもいいからもういっかい世界をみて回りたいな」と思う程度である。
テレビやネットや本や人から海外の映像を見たり、話を聞いたりしてもうらやましいとか行ってみたとかいう気持はあまり起こらない。
いろんな気候、人種、宗教、文化に触れてきたから、たとえば、イタリアの街並み、ニューヨークの街並みといった映像をテレビ見て、知っている土地ならばその光景は頭の中で地図を描いたり、街並みを想像することができる。また、行ったことのない国の街並みや有名な世界遺産の絶景も頭の中で描いたり、そこに行った時の感動も想像することができるようになってしまった。
旅の最中も「日本の何処何処の場所の風景の方がすごいな」とか「沖縄の海の方がきれいだな」とか今までの旅の経験があるためにどうしても、場所を比べてしまうことがあったりした。
旅の経験がありすぎると、けっこう感動することが少なくなったりしてしまい、何も知らなければもっと旅が楽しめたのになーと思うこともあるが、仕方ない。
それでも旅をして感動したことはいくつもある。
旅の思い出で一番感動したのはカラパタールに登ってエベレストを見たときだった。
1週間以上高山病になりながら登った山の感動は辛かった分格別だった。
イタリアのモンテリジョーニに行った時も中世のまま残る風景に感動した。
エジプトの砂漠でキャンプした時に見た、夕日と朝日も格別だった。
旅をしていて自分がなにが好きで旅をしているのかも分かってきた。
田舎の風景(特にトスカーナ地方)、古い街並み、城、山、海などを見るのが好きだった。
旅を通して世界中に友達が出来たのも旅の財産だ。
友達になった世界中の旅人同士が各国の代表者になれば戦争がなくなったりする気がするくらい、大切な財産だと思う。ほんとうに文字通り世界中の旅人と会った。
普段生活してても嫌な人がいるように、旅をしていて「こいう嫌いだな」と思う人もいたけど、総じて人種、性別関係なく友達になることが出来たし、言葉が大して通じなくても心は通じ合っていた。旅という共通項だけで仲良くなり、一緒に過ごせたりしたことは、全てを捨ててまで旅に出た価値はある思う。
旅に出るために仕事を辞めて、今まで積み重ねてきたものを全て失ってしまったけど、この旅を通して何度も修羅場も潜ったし、大きな経験を積むことが出来た気がする。
多分仕事をしたり普通の人生を送る分には何一つ良いことでなかったかもしれないけど、自分の人生最大の夢を叶える事が出来たから自分にとっては今まで生きてき中でもっとも大切な時間を過ごして、良い経験になったと思う。
正直、今死んでも人生において何の悔いも残らない。
昔から、仕事が夢の全てではなく、自分にとっては旅が夢の全てだった。
今度また自分の夢を見ることが出来たとしたら、また旅することが夢になってもいいかもしれない。
それまでしばらく旅を休むことにする。
2009年9月3日(木) 自宅にて
実際に世界一周し終わっても世界一周できたこと事態が夢のような気がしてならない。
旅に出る前は「世界一周する」とは公言してはいたけど、実際は予算が底ついたり、旅に飽きたりしたら世界一周せずに日本に帰国しようと、けっこう肩の力を抜いた状態で旅に出た。
旅を始めて一週間目のネパールでひどい腹痛と下痢になり、これ以上旅を続けるのは無理じゃないかと思うくらい追い込まれて早くも帰国するか旅を続けるかの選択を自ら迫られた。
これ以上症状がひどくなったら病院にいかなければならないという状況になった時は、治っても日本に帰ろうと思ったけど、いざ治ってみると旅を続けることにしていた。
それでもこれから行くつもりだった国や長い旅の日数を想像すると世界一周するのは止めようかなと思っていた。
インドでは沈没して数ヶ月インドで過ごそうかとも思ったけど、エジプトまでとりあえず行ってみるかと旅を進むことにした矢先に事故にあって、もはや旅もこれまでか?と思ったけど、なんとか旅を続けることが出来た。
インドに居る時はエジプトを旅したら日本に帰国しようと思ってたけど、エジプトに着いて2日くらい過ごすうちに「ここまで来たら世界一周するか」と思うようになった。
イタリアに着いた頃には予想以上に金を使わなければならないことに気付き、予算の都合でNYだけ寄って日本に帰国することにした。
ニューヨークに着いて、あとは帰国するだけという状態になるとかなり気が抜けて、けっこう楽しんで旅が出来た。
長い旅をすると体調を崩したり、食べ物が合わなくて食欲不振になったり、ストレスが溜まったり、長距離の移動(ネパールのバスで17時間乗ったり、灼熱のインドの電車に24時間近く乗ったり)に疲れたり、観光に飽きたり、ぼったくってくる人を相手にしたり、言葉が通じなかったりと旅のモチベーションを保つのにすごい苦労した。
けっこう精神的にも肉体的にも普段から浮き沈みの少ない方だけど、長旅をしていると「旅を続ける」というのが苦痛になったりしてくる。
観光は意外と飽きやすくて、旅を通じて食べるのが一番の楽しみだった気がする。
けっこう世界遺産も観光したけど、一番最初にエベレストを見た感動が多き過ぎたせいもあってあまり感動することが少なくなっていった。
それでも一番行ってみたかったイタリアは食事もおいしく、街もきれいで旅の終盤のモチベーションを上げることができた。そのお陰で最後まで旅を楽しむことが出来た。
帰ってすぐの時は「もう旅行はたくさんだ」と思ったりもしたけど、帰国して2ヶ月経つと段々また旅に出たくなってきた。
けれども、国内にしろ海外にしろ旅に一生行けなくても我慢出来る。
旅に行きたいと言っても「もし機会あれば、老後でもいいからもういっかい世界をみて回りたいな」と思う程度である。
テレビやネットや本や人から海外の映像を見たり、話を聞いたりしてもうらやましいとか行ってみたとかいう気持はあまり起こらない。
いろんな気候、人種、宗教、文化に触れてきたから、たとえば、イタリアの街並み、ニューヨークの街並みといった映像をテレビ見て、知っている土地ならばその光景は頭の中で地図を描いたり、街並みを想像することができる。また、行ったことのない国の街並みや有名な世界遺産の絶景も頭の中で描いたり、そこに行った時の感動も想像することができるようになってしまった。
旅の最中も「日本の何処何処の場所の風景の方がすごいな」とか「沖縄の海の方がきれいだな」とか今までの旅の経験があるためにどうしても、場所を比べてしまうことがあったりした。
旅の経験がありすぎると、けっこう感動することが少なくなったりしてしまい、何も知らなければもっと旅が楽しめたのになーと思うこともあるが、仕方ない。
それでも旅をして感動したことはいくつもある。
旅の思い出で一番感動したのはカラパタールに登ってエベレストを見たときだった。
1週間以上高山病になりながら登った山の感動は辛かった分格別だった。
イタリアのモンテリジョーニに行った時も中世のまま残る風景に感動した。
エジプトの砂漠でキャンプした時に見た、夕日と朝日も格別だった。
旅をしていて自分がなにが好きで旅をしているのかも分かってきた。
田舎の風景(特にトスカーナ地方)、古い街並み、城、山、海などを見るのが好きだった。
旅を通して世界中に友達が出来たのも旅の財産だ。
友達になった世界中の旅人同士が各国の代表者になれば戦争がなくなったりする気がするくらい、大切な財産だと思う。ほんとうに文字通り世界中の旅人と会った。
普段生活してても嫌な人がいるように、旅をしていて「こいう嫌いだな」と思う人もいたけど、総じて人種、性別関係なく友達になることが出来たし、言葉が大して通じなくても心は通じ合っていた。旅という共通項だけで仲良くなり、一緒に過ごせたりしたことは、全てを捨ててまで旅に出た価値はある思う。
旅に出るために仕事を辞めて、今まで積み重ねてきたものを全て失ってしまったけど、この旅を通して何度も修羅場も潜ったし、大きな経験を積むことが出来た気がする。
多分仕事をしたり普通の人生を送る分には何一つ良いことでなかったかもしれないけど、自分の人生最大の夢を叶える事が出来たから自分にとっては今まで生きてき中でもっとも大切な時間を過ごして、良い経験になったと思う。
正直、今死んでも人生において何の悔いも残らない。
昔から、仕事が夢の全てではなく、自分にとっては旅が夢の全てだった。
今度また自分の夢を見ることが出来たとしたら、また旅することが夢になってもいいかもしれない。
それまでしばらく旅を休むことにする。
2009年9月3日(木) 自宅にて
# by dolpbin11 | 2009-09-03 22:37 | 帰国後

