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旅を振り返ってみて


実際に世界一周し終わっても世界一周できたこと事態が夢のような気がしてならない。

旅に出る前は「世界一周する」とは公言してはいたけど、実際は予算が底ついたり、旅に飽きたりしたら世界一周せずに日本に帰国しようと、けっこう肩の力を抜いた状態で旅に出た。

旅を始めて一週間目のネパールでひどい腹痛と下痢になり、これ以上旅を続けるのは無理じゃないかと思うくらい追い込まれて早くも帰国するか旅を続けるかの選択を自ら迫られた。

これ以上症状がひどくなったら病院にいかなければならないという状況になった時は、治っても日本に帰ろうと思ったけど、いざ治ってみると旅を続けることにしていた。

それでもこれから行くつもりだった国や長い旅の日数を想像すると世界一周するのは止めようかなと思っていた。

インドでは沈没して数ヶ月インドで過ごそうかとも思ったけど、エジプトまでとりあえず行ってみるかと旅を進むことにした矢先に事故にあって、もはや旅もこれまでか?と思ったけど、なんとか旅を続けることが出来た。

インドに居る時はエジプトを旅したら日本に帰国しようと思ってたけど、エジプトに着いて2日くらい過ごすうちに「ここまで来たら世界一周するか」と思うようになった。

イタリアに着いた頃には予想以上に金を使わなければならないことに気付き、予算の都合でNYだけ寄って日本に帰国することにした。

ニューヨークに着いて、あとは帰国するだけという状態になるとかなり気が抜けて、けっこう楽しんで旅が出来た。

長い旅をすると体調を崩したり、食べ物が合わなくて食欲不振になったり、ストレスが溜まったり、長距離の移動(ネパールのバスで17時間乗ったり、灼熱のインドの電車に24時間近く乗ったり)に疲れたり、観光に飽きたり、ぼったくってくる人を相手にしたり、言葉が通じなかったりと旅のモチベーションを保つのにすごい苦労した。

けっこう精神的にも肉体的にも普段から浮き沈みの少ない方だけど、長旅をしていると「旅を続ける」というのが苦痛になったりしてくる。

観光は意外と飽きやすくて、旅を通じて食べるのが一番の楽しみだった気がする。




けっこう世界遺産も観光したけど、一番最初にエベレストを見た感動が多き過ぎたせいもあってあまり感動することが少なくなっていった。

それでも一番行ってみたかったイタリアは食事もおいしく、街もきれいで旅の終盤のモチベーションを上げることができた。そのお陰で最後まで旅を楽しむことが出来た。

帰ってすぐの時は「もう旅行はたくさんだ」と思ったりもしたけど、帰国して2ヶ月経つと段々また旅に出たくなってきた。

けれども、国内にしろ海外にしろ旅に一生行けなくても我慢出来る。

旅に行きたいと言っても「もし機会あれば、老後でもいいからもういっかい世界をみて回りたいな」と思う程度である。

テレビやネットや本や人から海外の映像を見たり、話を聞いたりしてもうらやましいとか行ってみたとかいう気持はあまり起こらない。

いろんな気候、人種、宗教、文化に触れてきたから、たとえば、イタリアの街並み、ニューヨークの街並みといった映像をテレビ見て、知っている土地ならばその光景は頭の中で地図を描いたり、街並みを想像することができる。また、行ったことのない国の街並みや有名な世界遺産の絶景も頭の中で描いたり、そこに行った時の感動も想像することができるようになってしまった。

旅の最中も「日本の何処何処の場所の風景の方がすごいな」とか「沖縄の海の方がきれいだな」とか今までの旅の経験があるためにどうしても、場所を比べてしまうことがあったりした。

旅の経験がありすぎると、けっこう感動することが少なくなったりしてしまい、何も知らなければもっと旅が楽しめたのになーと思うこともあるが、仕方ない。


それでも旅をして感動したことはいくつもある。

旅の思い出で一番感動したのはカラパタールに登ってエベレストを見たときだった。

1週間以上高山病になりながら登った山の感動は辛かった分格別だった。

イタリアのモンテリジョーニに行った時も中世のまま残る風景に感動した。

エジプトの砂漠でキャンプした時に見た、夕日と朝日も格別だった。

旅をしていて自分がなにが好きで旅をしているのかも分かってきた。
田舎の風景(特にトスカーナ地方)、古い街並み、城、山、海などを見るのが好きだった。



旅を通して世界中に友達が出来たのも旅の財産だ。
友達になった世界中の旅人同士が各国の代表者になれば戦争がなくなったりする気がするくらい、大切な財産だと思う。ほんとうに文字通り世界中の旅人と会った。
普段生活してても嫌な人がいるように、旅をしていて「こいう嫌いだな」と思う人もいたけど、総じて人種、性別関係なく友達になることが出来たし、言葉が大して通じなくても心は通じ合っていた。旅という共通項だけで仲良くなり、一緒に過ごせたりしたことは、全てを捨ててまで旅に出た価値はある思う。



旅に出るために仕事を辞めて、今まで積み重ねてきたものを全て失ってしまったけど、この旅を通して何度も修羅場も潜ったし、大きな経験を積むことが出来た気がする。

多分仕事をしたり普通の人生を送る分には何一つ良いことでなかったかもしれないけど、自分の人生最大の夢を叶える事が出来たから自分にとっては今まで生きてき中でもっとも大切な時間を過ごして、良い経験になったと思う。

正直、今死んでも人生において何の悔いも残らない。

昔から、仕事が夢の全てではなく、自分にとっては旅が夢の全てだった。

今度また自分の夢を見ることが出来たとしたら、また旅することが夢になってもいいかもしれない。

それまでしばらく旅を休むことにする。


                                        2009年9月3日(木) 自宅にて

# by dolpbin11 | 2009-09-03 22:37 | 帰国後

今日の日付は9月3日、旅から帰国してあっという間に2ヶ月過ぎた。

2ヶ月も経つと日本の生活リズムに戻り、旅をしていた日々が懐かしくなってくる。

今は実家に住んで就職活動をしてたりもするけど、何もしないで1日が終わってしまう日もあり、けっこう暇な日を過ごしている。

旅を終えて確認というか、記録に残しておきたいものをいくつか考えてみた。

・旅の予算

・訪れた国の数、日数

・旅の道具

まず
・旅の予算
もろもろ含めてざっと100万円くらいかな。
航空チケット代金は、行きの航空チケットの日本→ネパールが9万、インド→エジプト行きが4万くらい、エジプト→イタリア4万くらい、イタリア→アメリカ10万くらい、アメリカ→日本9万くらい。
チケットを全て含めると40万くらいか。
一番マイル数の少ない世界一周チケットを買って、航空使用税とかを払えば同じくらいの値段になると思うので、行く先々で自分のようにチケットを買い足した方が自由に行き先が決められて良いと思った。


・訪れた国の数、日数
1日しか滞在してない中国やローマにあるバチカン市国を含めば7ヶ国だが、じっくり回ったのは5ヶ国。
中国1日、ネパール35日、インド20日、エジプト18日、イタリア11日、アメリカ4日で計89日で帰国の飛行機内を含めて90日、約3ヵ月の旅だった。

・旅の道具
旅を始めて一週間で荷物の3分の1をなくしたし、トレッキングで使った道具を送り返したりしたが、帰国した荷物にあった道具としては
ザック、マット、サンダル、寝袋(シーツ)、レインウエア、パタゴニアパンツ、Tシャツ2枚、パンツ2枚、靴下3足、手ぬぐい2枚、タオル1枚、サブバック、手帳、ボールペン、マグライト、ヘッドライト(ペツル)、磁石、ナイフ(レザーマン)、裁縫セット、電子手帳、英語の本1冊、ネパールで購入したシェルジャケット、腕時計、コンタクトレンズ、歯ブラシ、シャンプー、石鹸、手鏡、毛抜き、鼻毛切り、爪切り、もらった薬、経口食塩、トイレットペーパー、電池、自転車のチェーン、鍵、ドラムスティク等。
飛行機に乗るときは10、11キロくらいの荷物だった。
この荷物にイタリアからはイタリアで買った小さいカレンダー、ボールペンなどが荷物に加わっていた。
世界一周の旅の荷物としては他の旅人に比べると少ないようだ。ジャケットとナイフ、マット等を減らせばさらに荷物を減らせる。実際にもっと少ない荷物で旅をしている人もいるけど、10キロくらいなら移動するときでもさほど苦にならず、ザックが背負える。
荷物になるのが嫌でほとんどお土産を買わなかったけど、これは仕方ない。

# by dolpbin11 | 2009-09-03 21:37 | 帰国後

6月30日(火)

世界一周を終えて、実家に帰ってきた。

家に着くまでが旅なので一応今日が最後の旅の日ということにする。

# by dolpbin11 | 2009-06-30 18:51 | 帰国後

6月29日(月) 成田 YH

約13時間のフライトを経て、成田に着いた。

直接実家に帰る事も出来たが、時差もあり眠いし、疲れてるので旅に出る前に泊まった成田のユースホステルに一泊することにした。

空港で荷物を実家に送り、10リットルのサブバックだけの荷物になった。

宿泊客は欧米人が多く、まだまだ旅をしている感覚を味わうことが出来た。

今日は早めに就寝。

YH 3000円
夕食 520円

# by dolpbin11 | 2009-06-29 18:46 | 帰国後

6月28日(日) 飛行機

朝5時過ぎに宿を出て、 ラガーディア空港までのシャトルバスが出ているグランドセントラルターミナルまで40分ほど歩いていく。

朝の5時のニューヨークはまだ薄暗く、道には浮浪者もいたりしてあまり治安がいいとは言えないが、ニューヨーク市警のパトカーは頻繁に走っているし、大きい道をあるいている限りは大丈夫だ。

バスに乗り、昨日カフェの主人からもらったパンを食べながらニューヨークの街を眺めながら空港へ向かう。

デルタターミナルでチェックインした。

ここからいっかいデトロイトまで行ってそこで乗り換えて成田へ向かう。

手荷物検査はさすがに厳しかった。

飛行機を待っている間、ダンキンドーナツとコーヒーを買って本日2度目の朝食とした。

約2時間のフライトでデトロイトへ到着した。

成田行きの飛行機が出るまで、1時間半ほどある。

「さて、これから乗り継ぐ飛行機はどれだー?」 と思い、さがしてみたが、デルタ航空(ノースウエスト航空)の飛行機がやたらあるし、はたしてこのターミナルなのか?そして、出国審査はどこで行われるのか?分からず、若干焦ったが、伊達に3ヶ月も海外を旅している訳ではなく、冷静に出発案内をモニターで確認したらこのターミナル内の何番のゲートであるかが分かり、無事ゲートまで移動した。

カウンターで出国審査があるのか聞こうとして英語で話かけたら(こういう基本的な情報すら知らないとは無知というのは恐ろしい)「日本語で大丈夫ですよ」と言われた。

話かけたデルタ航空の係員は日本人だった。

話を聞いてみたら、入国審査の時にパスポートに貼られた緑の紙を提出するだけで、それが出国審査代わりになるらしく、入国審査が厳しいわりに、出国審査はあっさりしたものだった。不法労働者が多い、アメリカでは国を出て行ってくれる分にはあまりとやかく言わないのだろう。

こうして安心してあとは飛行機に乗るだけとなったので、お土産を物色したりして時間を潰す。

そうこうしてる間に搭乗する時間になった。

12時35分発成田行。約12時間50分のフライトだ。

時差が13時間か14時間あるから成田に着くのが2時25分。

長い移動を散々したが、これでようやく日本に帰れる。

しかし、この長いフライトもかなり苦痛だった。

イタリアからアメリカに入る時は、映画をみることが出来たが、残念ながらこの飛行機は音楽を聴くくらいしか楽しみがなく、退屈だった。

幸い本をもっていたのでそれを読んだりしたが、たいして寝ることも出来ず、かなり苦痛だった。

ダンキンドーナツ 4ドル(400円)





# by dolpbin11 | 2009-06-28 18:21 | アメリカ

6月27日(土) ニューヨーク  お宿


アメリカに来たらアウトドアショップで買い物をしたかったので、ネットで調べておいたパラゴンスポーツという総合スポーツ用品店みたいなところへ行くことにした。

朝NYの街を歩いていると、ユニオンスクエアでグリーンマーケットが行われてて、オーガニック野菜などが売られていたので見学をした。

それからパラゴンスポーツへ行った。

1階が普通のスポーツ用品売り場で2階がアウトドア用品売り場だった。

売り場面積はかなり広かった。

ノースフェイスなどもウエアも日本より安くて買いたかったが、アメリカでしか手に入らないMSRのバーナーとナルゲンのボトルだけ買った。

それからリトルイタリーを歩いて、チャイナタウンへ行った。

チャイナタウンでオイスターソースやきそばを食べた。

チャイナタウンを見学したあと、地下鉄に乗り、H&Hベーグルというベーグル屋のベーグルを食べた。

もっちりとした食感でとてもおいしかった。

地下鉄に乗り、国連本部にも行ってみた。

会議の見学は出来なかったが、お土産を少し買った。

今日が今回の旅の最後の観光する日だったので、お土産でも買おうと思いタイムズスクエアに戻り、お土産を買うことにした。

日本に戻ってからも食べられたけど、久しく食べてなかった吉野屋の牛丼を食べてた。

お土産も買って宿に戻った。

朝マック→チャイナタウンでやきそば→ベーグル→牛丼と朝から食べまくっていたので夜になってもあまりお腹が空かなかったので、宿の近くのテイクアウトできるカフェでサンドイッチをテイクアウトして食べることにした。

店の主人と軽く挨拶を交わして少し話しをした。

おやじ「何処から来たの?」

自分「日本です」

おやじ「グッドだ。何処に泊まっているの?」

自分「隣にあるOYADOっていうところです」

おやじ「そうか、日本人が多く泊まっているね!よくこの店にきてくれるよ!、こいつはサービスだ。」

と言って、菓子パンをおまけにくれた。

こういうちょっとした会話だったり、交流が旅の楽しみでも喜びでもある。

何気ない出来事で、旅をしていると良くこういうことがあったけど、たぶんこういう些細な幸せは一生忘れない良い思いでかもしれない。



宿 32ドル
朝マック 6ドル
バーナー 40ドル
ボトル 20ドル
昼食 5ドル
牛丼 6ドル
夕食(サンドイッチ) 7ドル
土産 50ドル
計 16ドル(16600円)

# by dolpbin11 | 2009-06-27 17:56 | アメリカ

6月26日(金) ニューヨーク  お宿


朝7時頃起きて、宿の近くで朝マックを食べた。

NYのマックのコーヒーはおそろしく不味い。

コーヒーのミルクを頼むとふつうの成分調整牛乳をたっぷり入れられる。

今日も雨が降りそうな天気だった。

自由の女神を見るために、地下鉄でフェリー乗り場近くの駅まで移動し、フェリー乗り場まで歩いた。

雨もけっこう降りだしたが、今回の旅を通じて傘を持たないと決めていたから傘は持ってなかったので雨に濡れた。

レインコートはザックに入れたまま忘れてきた。

フェリーに乗り、自由の女神を海から眺める。

思ったより、小さいかなーという印象だけど、これだけはみておきたかったから満足した。

それからエリス島へ行き、移民博物館などを見学し、マンハッタンまで戻った。

グラウンドゼロまで歩いていってみたが、今は工事中で、新たなビルを建設してる最中だった。

昼時だったので、バーガーキングで昼食を食べるが、日本のバーガーキングよりはるかに不味かった。

ウォール街を歩き、サウスストリートシーボートへ行ってみた。

それから地下鉄でチェルシーホテルへ行く。

歩いていると良く、ニューヨーカーに道を訪ねられる。

けっこう観光客丸出し、というよりみるからに小汚いバックパッカーみたいな服装をしていても道を尋ねられる。

日本では、日本人が恥ずかしがり屋だからなのかあまり道を聞かれることは少ないが、ニューヨーカーはすこしでもわからないことがあれば、近くに居る人に尋ねる。

ニューヨークは道とブロック数を数えれば簡単に住所が分かるから、聞くほうも、答える方も話をしやすいのかもしれない。

とにかく今までの訪れは国は(特にインド)歩いてるとじろじろ見られたり、時には人だかりが出来てうんざりさせられることも多かったけど、ニューヨークはどんな人種の人がいても当たり前の風景で、じろじろ見られたりしないし、そういう誰でも受け入れる雰囲気がニューヨークの良いところなのかもしれない。

チェルシーホテルのあと、ジョンレノンとオノヨーコが住んでいて、ジョンが殺されたダコタハウスへ行った。

さすが、世界有数の金持ちしか住めないアパートだという雰囲気があった。

その後、隣のセントラルパークにあるジョンレノンの記念碑、ストロベリーフィールズへ行った。

ストロベリーフィールズのイマジンのモザイクに新聞と花が置いてあるからなんだろうと思ったら、昨日マイケルジャクソンが死んだらしく、その記事と追悼の意味で花が置いてあるらしかった。

日本人の取材人がいるなーと思ってみてみたらTBSの取材だった。

一旦宿に戻り、一休みをした。

すこし休んでから、金曜日の16時~ニューヨーク近代美術館(MoMA)の料金が無料になるので、美術館へ行った。

ピカソ、ゴーギャン、ゴッホなど、有名な芸術家の作品を見ることが出来たが、ものすごい混雑ぶりだった。

荷物を預けるのに30分くらいかかって、それからやっと入場できたが、どこも人だかりでゆっくり見ることは出来なかった。

有名な作品が手の届くところにあって、こんなに人がいたら作品に触ったり、なにかの拍子にぶつかってしまったりしそうなもんだけど、とにかくすごい混雑だった。

夕方から昨日知り合った日本人の方とロックフェラーセンターにあるトップオブザロックから夜景を見た。


宿 32ドル
メトロ(1日パス) 7,5ドル
昼食 7,5ドル
夕食(カフェ) 10ドル
入場料 20ドル
計 77ドル(7700円)

# by dolpbin11 | 2009-06-26 17:21 | アメリカ

6月25日(水) ニューヨーク お宿


昨日、宿の従業員の人や日本人の女の人に日本の旅行会社の場所を教えてもらっておいたので、IACEトラベルへ行った。

いくかの条件で探してもらったら、往復チケットで帰りがハワイ行きまでのチケットなら770ドルで1席だけあった。7月に入ると100ドルを超えるし、片道だけだと100ドルくらいするのでそのチケットを抑えてもらった。

さすが日本の旅行会社だけあって、担当の人の接客態度は良かった。

帰りのチケットは使わないという事で話を進めてくれ、安い往復でチケットにしてくれた。

一旦シティバンクへ金を下ろしにいく。やはり日本語表示のあるATMは使いやすかった。

それからまた旅行会社に行き、チケットを購入、発券。

IACEトラベルはHISと競っているだけあって安く、ネットで調べていた以上に安いチケットが手に入った。

旅行会社のある辺りは、日本の企業や日本の飲食店や店が多く、ブックオフがあったので入ってみた。

村上春樹の本と地図のないニューヨークのガイドブックを買った。

午後はセントラルパークとメトロポリタン美術館へ行った。

美術館はエジプトの美術品、ヨーロッパの甲冑があったり、絵ではフェルメール、ゴッホ、ゴーギャン、ルノワール、モネなど有名な作家の絵もたくさんあって、時間がいくらあっても足りないくらい見所が多かった。

館内はとても広く、迷子になるくらい広かった。

美術館の中であった日本人の人と仲良くなり、屋上で休みながら、ジュースを飲んだ。

美術館を後にして宿へ戻った。

夕食は美術館で仲良くなった人とウエスタン料理を食べた。

メトロ 2ドル
宿 32ドル
昼食 5ドル
入館料20ドル
入場料 20ドル
夕食 40ドル(ミートローフ、チーズケーキ、ビール)
計 99ドル(9900円)

# by dolpbin11 | 2009-06-25 16:41 | アメリカ

6月24日(水) ニューヨーク OYADO(お宿)

余裕を持って空港に着いたが、往復チケットを持っていたが、航空会社の係員に止められた。

しばらくすると別の人間が出てきて、「日本までのチケットを持っているか」とか「日本人なのに又イタリアに戻ってくるのか」等いろいろ聞かれたが、どうにか開放された。

アリアリア航空の飛行機に乗り、約8時間のフライトを経て、ニューヨークへ到着した。

ニューヨークは入国審査が厳しいと聞いていたので警戒したが、すんなり通れた。

残っていたユーロをドルに両替し、地下鉄に向かった。

ニューヨークのガイドブックは持ってなくて、調べておいた安宿の場所だけしか分からない状態だった。

電車のチケット売り場に行ったら、係りの人が買い方を教えてくれ、切符を購入したが、電車に乗ったら、特急でその買ったチケットじゃ乗れない電車らしく、車内精算をさせられた。

ニューヨークの天気は雨で、窓からみる風景はイメージ通りのアメリカの風景だった。

ベンステーションに着き、改札を出た。

ニューヨークは通りの名前やブロック数が分かれば、だいたいの場所が分かる。

腕時計のコンパスも使いつつ、宿の住所へ向かった。

入り口がよく分からず、通りを何往復かしたあと無事宿の入り口を見つけ、4階へ上がった。

従業員の人がいなくて、日本人の宿泊者に聞いたら、毎日6時過ぎしかチェックインできないらしい。

荷物を置かせてもらい、外で時間を潰すことにした。

ATMで金を下したり、街を歩いて時間を潰した。

宿へ行くとチェックイン出来たが、通常予約をしてくるのが普通らしく、たまたまベッドが空いてたから泊まれたようなものだった。

ここが最後の宿泊地だっただけに良かったが、EU、アメリカは予約して泊まったほうが確実だと思った。

宿は男女別のドミトリーで12のベッド、ネットをする机、ソファとテーブルがあるだけの小さい宿だったが、インドの安宿の100倍きれいで清潔感がある。全体的に明るい雰囲気の宿だった。

夕食はマックで済ましたが、イタリアのマックの方が絶対にうまい気がする。

イタリアと時差が7、8時間あるから眠く、早めに寝た。

電車 12+7ドル
宿 32ドル
マック 7ドル
計 58ドル(5800円)

# by dolpbin11 | 2009-06-24 15:58 | アメリカ

6月23日(火) ローマ M&J HOTEL


今日はアッピア街道をサイクリングしようと思ったが、レンタル自転車屋がどこにあるか分からなかったので、結局止めて、ローマ動物園に行ってきた。

大きさ的には井の頭公園くらいの大きさくらししかないが、大体の有名な動物が抑えてあった。ゾウ、キリン、ライオン、トラ、カバ、等。

特にニホンザルの行動がみていて面白かった。

夕食はレストランで定食を食べた。

ミートスパゲッティ、子牛のカツレツ、デザート、水で14ユーロだった。

とてもおいしく、量も多かった。

宿 25ユーロ
昼食(コーヒー、パニーニ) 4ユーロ
マックフルーリー 2ユーロ
電車代11ユーロ
夕食(定食) 14ユーロ
計 56ユーロ(7840円)

# by dolpbin11 | 2009-06-23 15:51 | イタリア

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